この人生で手に入れたかったもの

Twitterでふとタイムライン上に流れてきたことばが目に留まった。


「人は10代の頃手に入れられなかったものに一生執着する」。

リプライ欄を見るとそれぞれの執着しているものが書かれていた。
恋愛。学歴。愛情。モノ。

確かに、あのとき自分のものにできていたら、今はもっといい人生を歩めているかもしれない。
そう思わせられるものがたくさん挙げられていた。


---------------------


ふと、思い浮かんだことがある。

私にとって「10代のころに手にいれられなくて」「執着している」ものとはいったいなんだろう。

恋愛?
初めて恋人ができたのが20歳か21歳のころだったので、「高校生の時に彼氏がいたらもっと学校生活が楽しかったのかな。大学生になってから、恋愛したことないというコンプレックスで潰されそうにならなかったのかな」とは思う。
けれど、幸いにも数年前に良い相手と縁があって今は幸せに暮らしている。執着はない。

学歴?愛情?モノ?
執着レベルの欠乏感やあのときああすればという後悔はない。
「意外と過去の人生に執着せずに生きているかもしれない」と気楽に考えたとき、ひとつのことがよぎった。

好きなことを極めるチャンスを自ら捨てたこと。

---------------------

たとえば、大学受験。
高校生の時に興味があったことのひとつが、「パソコン」。

当時の私の軸に「好きなことを義務(勉強・仕事)にすると嫌になるからしない」というものがあった。
自分の信条に従い、情報系の学部は除外した。
(仕事はさておき、大学の勉強は「義務」ではない。ただ、愚かな私がそれに気づくのは大学を卒業する直前だった)

ちなみに就活の際も同じ理由でSE等は除外した。

あのときは、AIなんて映画の世界だと思っていたけれど、たったの10年でAIは私たちの生活に溶け込んでいる。
(ちなみに、中学生のころ「AI」という映画を見たような気がする)。


近い将来、いくつかの仕事はAIに奪われるということも現実味を帯びてきた。
そういう話を聞くたびに「AIを作り操る側になりたかった」と思ってしまう。

あのとき「好きなこと」という軸で大学を選んでいたら?
ブラック企業のSE止まりで結婚を理由に退職していたかもしれないけれど、とりたてて専門性もない事務職にはそれすらまぶしい。


高校生からもう少しさかのぼった私の夢は「漫画家」「小説家」などの作家。
才能の世界ではあるけれど、好きを具現化した仕事だ。
子供のころは毎日のように漫画や小説を書いていたけれど、いつの間にか書かなくなった。
勉強や部活が忙しくて書く時間がなくなり、いつまでもこんなことしててどうするんだと子供ながらに感じてしまったのが大きい。
書き続けていたら、趣味の域は出なくても、ネットの世界で誰かが読んでくれたかもしれないのに。

たまにあの頃のように何か作品を書いてみようかと思わなくもないが、15年近く書いていないと、もやはそれが趣味ではなくなってしまったことに気づかされる。パソコンに向かっても何も出てこない。

「好き」を大事にしないと、いつの間にか好きじゃなくなる。
こんなにさみしいことはない。


---------------------


好きなことだから仕事にしないという考えは一理あるし、昔の私もそうだった。
けれど、好きなことだからこそ仕事にしたほうがいい。

なぜなら、時間が圧倒的に足りないからだ。

たとえ、ほとんど毎日定時で帰っていたとしても1日の大半を職場で過ごしている。その間は好きなことができない。
好きなことで仕事をしている人は、その間に好きを磨き、極めている。
この差は埋まらない。

---------------------


気づいたら三十代になって1年が経過した。
二十代の10年間の早さは瞬きしている間に終わった気がする。

体感上の人生の折り返しは19歳と言われている。ジャネーの法則というものだ。

Wikipediaより・・・


ジャネーの法則(ジャネーのほうそく)は、19世紀のフランスの哲学者・ポール・ジャネが発案し、甥の心理学者・ピエール・ジャネの著書において紹介された法則。 主観的に記憶される年月の長さは年少者にはより長く、年長者にはより短く評価されるという現象を心理学的に説明した。



赤ちゃんにとっての1年は全人生に対して1/1年だが、30歳にとっての1年間は全人生のうち1/30年ということになる。
赤ちゃんと30歳では体感する時間の流れ方が30倍ちがうということ。


この「10代のうちに手に入れる」というのと「19歳で折り返し」というのは、異なることを言っているようで、本質は一緒なのかもしれない。

人生の前半戦で手に入れられなかったものを、人生の後半戦で「あのときもっと努力していれば」「あのときあれにチャレンジしていれば」とないものねだりしてしまう。


今から努力すればいいという話ももちろんあるけれど、大きな問題がある。
何が好きかわからないのだ。
この数年間、何なら仕事にしたいくらい好きかと何度も考えたけれど、わからない。

ねぇ"好き"って何だっけ?
椎名林檎の「やっつけ仕事」の歌詞が染みる。


人生後半戦が始まって10年選手の私は、「好きなことを仕事にする」ことにいつまでも執着してしまう気がする。

0 件のコメント :